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この大畑に'94フォーラムin大畑という無国籍風な市民団体があります。この「'94フォーラムin大畑」(以下フォーラム)という市民団体を一、二行で紹介するにはなかなか厄介です。会員それぞれの考え、言うことが違うからです。会員が70名ともなれば当たり前のことですが、あえて私流に説明すると「右向け右」的な号令には一切反応しない連中がひょんな弾みで集まり始めたとでもいいましょうか、では何を考え、何をやろうとしているのかとなると、これまた一筋縄とはいきません。
人はとかく群れたがると言います。考えるまでもなくごく当然な話で、有史以来というより、人が人類なるものに位置付けられたその時、いや、その前から群れをなしていただろうし、およそこの世界、生あるもの全てが獲る側と獲られる側の連鎖に組み込まれている以上、群れるという行動は生き残ろうとする本能にインプットされた遺伝子の仕業に他ならないと思いますが。とは言うものの、時に一匹狼と称される人も居るにはいますが、果たして本当かなと思う時があります。映像で見る限り狼が一匹でいる場面なんて見た覚えがないし、仮に本当だとしても、インプットされた遺伝子が支障をきたしているとしか
思えません。
フォーラムを紹介するつもりが有らぬ方向に走ってしまいましたが、いま少し私流に言えば、自然界の営みは常に獲る、獲られるの繰り返しです。百獣の王とて例外ではありえないし、でないと食物連鎖なんて成り立つ筈もありません。
人間社会の生い立ちはひたすら一方通行です。生き長らえようとする知恵だけが異常に発達し、獲られる側の遺伝子が欠落、消滅しているとしか思えません。終いには何を思ったか人同士が狩り合いまでしている、それが現実です。(共食いという世界もあるにはありますが)その食い散らした残骸たるや足の踏み場もないほどで、時には裸足で砂浜を走ってみようにも、そのような所今時ありますかと、問い返されるのが精々です。
このフォーラムという市民団体、不器用を画に描いたような者の集まりですが、突然何を思ったか、ぐるりと周りを見渡し残骸を拾い集めながら、繕えるものなら繕ってみようと、怖いもの見たさも手伝い廃品同様の羅針盤を引っ張り出し、勇躍舟に飛び乗ったというわけで、それがテーマかとなると、まさにそのとおりとも言えるし、全く説明になっていないとも言えます。ただ、人が群れると姦しさも道理で「そんなこと出来るわけない!」、「そうかなぁ?」、「ともかくやってみよう!」何の事もない、これすべてテーマのうちなのです。
季節の変わり目というのは、言葉で表現できない五感を痺れさすような何かがあります。今四月、旬の物と言えば何が思い浮かびますか。