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昨今の世の変わり様ときたら、十年一昔と言う間もあろうかと思うほど目まぐるしく、凄まじいとさえ感じる時があります。本州の北辺でひっそり、静々と生きてきた我が町でさえ、この洪水のように押し寄せる情報、物資の波にあっては持ち前の恬淡さも何処へやら、変り映えしない田舎いなかとした風景とは裏腹に、物量だけは都会と差して変わらず、むしろ、ありとあらゆるものが信じ難いスピードで伝播するこの時代、その奔流にただひたすら流されまいと必死の思いで何とか体裁だけは整えてみたものの、あれほど穏やかで何事にも鷹揚な人々がヤケに苛立たしげで、時には悲しげにさえ見えますが、これもやはり時世というものでしょうか。
この日本列島、はっきりしているのは雪が降る、降らないの四季のけじめぐらい(?)のもので、近頃ではありとあらゆるものが一様にのっぺりと平らに見え、さながら塩気のない何とも締まらない料理に思えてなりませんが、これも時代の流れと言ってしまえばそれまでの話ですが、そうかと言って心の奥底まで変わるとは思えません。年齢層にもよると思いますが、実際都会で生まれ育った人々と、我々のように小さな町や村を棲家にしてきた人々とは、生活感一つにしてもまだまだ大きな隔たりがあるように思えます。
今時三、四十年前の話でもしようものなら途端に怪訝な顔をされ、早速お年寄りのクラスに編入という事態にもなりますが、我が身に根付いている生活感というのは堪え性のないもので、ついつい「昔はなぁ」という次第になってしまいます。そこは「懲りませんねぇ」と言われることを百も承知で『懐香の思い出』といったふうな眉唾話を二つ、三つ。
俗にいう・猫・跨・ぎといわれるものを挙げるとすれば、私の場合は咄嗟にイカと答えます。イカを愛する方々には甚だ失礼千万な話であり、増してや自らがこの稿において幾度となくイカの周辺住民と称していながらケシカランと思われるかも知れませんが、確かに例え話にしても失礼な話だと思います。ただ当時の「イカの町大畑」にあって、人々と生活を共にしていた犬、猫あるいはカラスといった動物がイカを食っている光景がどうしても思い浮かばず、あれほど街々がイカで溢れ返っていたのに見向きもされなかったことを懐かしく思うが故の例え話で、反面近頃はイカを天日干しでもしようものなら日長一日監視する破目となり、しまいには防虫網戸ならぬ防鳥獣網でしっかり囲い、かっては暮らしの中の風物詩とさえ思えたあのイカのカーテンの如き風景も何処へやら、選りによってカーテンどころかハンカチ程度の干物さえ網で囲ってしまうときては、猫跨ぎといってもそれこそ眉唾ものに過ぎなくなりますが……。左様に人間の生活が動物の暮らし向きはおろか、その挙句が彼等の本性まで変えてしまったなんて考えてみる気にもなりませんが、近頃の彼等の目つきときたら妙に刺々しく、視線を合わすにしてもこっちが先に俯いてしまうほどで、何とも情けない態となりますが。翻って、彼等がイカを跨いで闊歩していた頃は、互いがもっと堂々と活き活きしていたようで。という次第で、決して我等がイカを蔑ろにする気持ちなんてある筈もございません。