2003.1.5

あけましておめでとうございます。今年もこのコーナーをよろしく!

宮本常一著「絵巻物に見る日本庶民生活誌」中公新書

から、勝手に引用するので関係者の皆さんゴメンナサイ。

昔の出産について書いてある。

『「北野天神縁起」にみる産屋は、女は座産であり、産婆に抱かれて子を産んでいる。産屋には巫女がいて祈祷し、部屋の外では男が弓の弦をならし、庭前では陰陽師が四脚の机をおき、その上に七本の弊串(へいぐし)をたて、祓の祝詞を読んでいる。出産にあたっては陶器を割ることになっていて、「餓鬼草紙」にはそれが割られているさまが描かれている。出産がどれほど重要な行事であったかを知ることが出来る。』

このことは平安時代のようであるが、陶器を割ることが縄文時代の割れた土器を埋めていることに似ていておもしろい。しかし、今回の主題は違う。

そして、出産後も何度も何度も祝い事をする。それだけ、無事育つことが容易なことでない証拠なのかもしれない。

『子供は裸のままで育てる風習は昭和20年以前には僻地のいたるところで見かけたもので、それは古くからの習俗であった。』
『日本の民衆は古くは裸を好んだ。それは明治30年頃まで続いた。』
『明治十年に日本に来たアメリカのE.S.モース教授が残した「日本その日その日」は、観察が細かで正確で、多くのことを教えられるのであるが、その中に子供についての観察がきわめて多いので、少し掲げておく。
「子供を背負うということは、至る所で見られる。夫人が五人いれば四人までが、子供が六人いれば五人までが、必ず赤ん坊を背負っていることは誠に著しく目につく。」「いろいろな事柄の中で外国人の筆者たちが一人残らず一致する事がある。それは日本が子供の天国だという事である。この国の子供達は親切に取り扱われるだけでなく、他のいずれの国の子供達より多くの自由を持ち、その自由を濫用することはより少なく、気持ちのよい経験の、より多くの変化を持っている。赤ん坊時代にはしょっ中、お母さんなり他の人々なりの背に乗っている。刑罰もなく、咎めることもなく、叱られることもなく、五月蝿く愚図愚図いわれることもない。』

私はこの文章を見てびっくりした。子育てこそ、これからの日本を左右すると思っていたが、現在の子育てとだいぶ違う。我々は日本人の本来持っている良さを忘れている。医療が発達して子供は死ななくなって来たが、今の若者は乱暴に育ててはいないだろうか?それでは日本には未来はない!裸というおおらかさ!子供を体に接着して育てる・・・などの子育てに現在足りないものが充満している。また、外国人が羨むような子育てが急がれる。