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昨今の殺人事件に思う
「バカの壁」で知られる養老さん(東大名誉教授)と「私家版・ユダヤ文化論」を著した内田樹さん(神戸女学院教授)がユダヤ人と日本人の共通点を指摘している共書「逆立ち日本論」刊行という記事を新聞で読んだ。
その中で養老さんは「都会とは、要するに脳の産物である。あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり脳の産物に他ならない」という。
その意味で、古くから農業(自然)から切り離されて、金融、学問や芸術、ジャーナリズムといった、都会でなければ成立しない職業を生業としてきたユダヤ人は、脳の中に住むようになった日本人の大先輩にあたると、いえると書いている。
ユダヤ人が西欧の人の中で、また日本人がアジア人の中で浮いていることを指摘して共通点としている。
私はこの共通点についてはともかく、日本人の脳が都会化により、自然の摂理を忘れていることを強く思った。
親が子を、子が親を、近所の人が、単純なことで、通りすがりに、など考えられない殺人が毎日のように報道されている。
これは、日本人が「都会化」したからに違いない。「自分の考え」だけで、すなわち「脳機能」だけで事は起こる。もう少し「自然の摂理」を考えれば押し留まることである。
ちょうど、翌日の新聞に「昭和30年代」が見直されている記事があった。あのころ子供時代を送ったのは他ならぬ「団塊の世代」である。「昭和30年代」はみんな貧しかった。狭い部屋に雑魚寝だったし、お昼の弁当を持参できない子もいた。でも、一生懸命家事の手伝いなどをした。その「団塊の世代」が社会に出てから、高度成長とともにその貧しさから脱却した。
そして、都会化という、人工の世界を作り上げてきた。心も人工的になってしまったのだろうか?「団塊の世代」には、まだ「昭和30年代」が心にあるはずだ。
その「昭和30年代の心」を次の世代に伝えたいものだ。
(むつ市 楽山)
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