6/23

 もう6月も終わります。


1ヶ月に渡り関東方面に出張販売に行っていました。
このコラムも休止状態で皆さんには申し訳ありませんでした。

 最後の週は千葉駅での販売でした。

 そのすぐ近くで女の人が倒れていました。何でも知らない男の人が傘のようなものでいきなり顔を殴っていったのだそうです。すぐに駅員を呼んで警察と救急車に連絡してもらいました。連れの人とその近くの人が警察に事情説明をしていました。だいぶ経ってから救急車でその人は運ばれていきました。最近の都会は恐い!いつ自分の身に降り懸るか判りません。あの小学校の中での事件は本当にやりきれない。事件を分析してドウノコウノと言うよりただただやりきれない。その後の類似事件の多発や前段の駅の事件など、もうやりきれない。

 でも分析してしまうのだが

 イギリスの住宅事情を書いた本には
イギリスの住宅は中古の物件を買ってリニュアルして住む。
その著者は、細かい違いを縷々語り、日本の住宅は余りにもゆとりがない。マンションスタイルの住まいはゆとりがない。イギリスでは高層マンションがあった時若者が荒れた。街中が荒んだ。それで高層マンションを作らなくなった。だいぶ前の話である。

5/12

 東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授の回虫の話の中にインドネシアの人は花粉症やアレルギー性のアトピーがない。彼等の9割の人に回虫がいる。それを研究したら回虫の中にそれを防ぐ要素が含まれているのを発見した。「ESC」というが、それは発ガン性分も含まれているのでまだ薬として認められていない。

 回虫に他にダイエットの効果もある。腸の中で栄養を採るからだ。人間に寄生しているものはうまく共生しているが動物に付くものには人間の中に入ると体中を移動して目の血管に入ったりして悪さをするものもあるので気を付けないといけない。しかし日本も四十年ぐらい前まで7割の人が回虫がいた。その時はアトピーに罹らなかった。現在は回虫はゼロだがそれらに患う。

 教授は清潔すぎる現代の日本人の生活に警告をしている。ばい菌の中には我々を護ってくれる細菌もある.。嘗てはそれらと共生していたのだ。現代の生活では抵抗力が落ちていてO157のような何でもない細菌にもまける人が出てきている。

 それに現代の精神的のもろさは清潔すぎることに関係はないだろうか?子育てをしない、生まない、凶暴になる、すぐ自殺するなど雑草のように踏まれても踏まれても生きていくことが出来ないのはヒョッとしたらコンクリートの環境も良くないと言うが食べ物にもあるのでは・・・

5/9 巨木百選と山の木々

 林野庁の次代に残したい「森の巨人達百選」に選ばれた大畑町薬研のクリの巨木(クリでは全国三位)の調査と診断が行われ幹回り7.3M、樹高23M、推定樹齢800年であることが確認された。と、報道された。
 この木を見に行ったことがあるが決してスマートな木だとは言い難い。寧ろ、だから残ったとも言える。
 大畑の山は道路沿いには木々があるが一つ中に入ると裸山になっている。青森ヒバが営林署の経営のために木曽の檜と同じく切られているのだ。しかし、木曽では皮肉にも民営の山は残り国有林は裸山なのである。
 江戸時代に下北の山はやはり商人に伐採権を売り裸山になってしまい、ついには留山にして伐採を禁じた。このため失業して北海道へ移住した人が多かったが、これで戦後の材木需要に応ずることが出来たのだ。
 下北の山もこの事例に倣い留山にしたい。それが国で出来ないなら国有林を町に委譲してもらい、町が管理して山の再生をする。それを町で出来ないなら民衆がやれないものか。下北の未来を考えると現在の問題のみで処理するべきでない。屋久島の巨木は千年立たないと屋久杉と言えない。と、言うが下北のヒバは二百年以上のものでないと一人前でない。その木々のスタンスを尊重して山の経営をするべきだ。

5/8 変わる商店街

岩波新書、中沢孝夫著の標記の本を読みました。
前書きにその要点が書かれていたのでまとめてみました。

*新しい「まちづくり」ははじまっている。
     市民の自主的な取り組みで
     「まちの表情を取り戻している」
     「まちのにぎわいを復活させている」
     まちに花を(プランタンに)植えたり、
     憩いの場づくり(芝を植え、木を植え、公園づくりをしている)

     各自が勝手にスタートしたものである。
     など、各事例は市民主導型である。

*「行政からの補助金、助成金を充てにした事業は終わりだ」

*「大型店はダメだ」「車の時代だから郊外に行ってしまう」「規制緩和が悪い」
     の時代は終わり
     「自分なりの工夫が生かせる個店は面白い」
     「努力すると実る」
     という、商店主が出てきている。

*事例がたくさん載せてある
     酒屋からイタリヤ料理店に転進。
     商店街仲間で給食や高齢者へのランチの宅配など会社を作る。
     商店は適正な数になりつつある(減少しているが)。
     コンビニは地域の貢献していない。
     後継者を持たないので保守的だ(商店主の高齢化)。
     起業者的な考えと元気が必要。
     
*「地域という公共財」を育てるよりも捨ててきたのでは、
           これからはそれを育てなければならない。

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