楽山の命名は書道に始まる。腕はともかくペンネームをつけた。職業は売れない店の店主。よく、関東方面に出稼ぎ販売に行く。年令不詳だが昭和三十年代の少年時代をなつかしいという。12歳でその人の気質がきまるというが彼は「おっちょこちょい(そそっかしい)」
  楽山先生は「iMAC」を愛用。フリーズには最近驚かないが、二度ほどドクター坂井の往診を受けた。二回目はハードディスクの中を覗いて機能マネージャーをチェック、作動していないのをみつけて、ハードをなめるような再インストール、すこしの怪我ですんだ。その道のソフト「ドクターノートン」も同じことをやったに違いない。購入時には、障害も多かったが、いまはしあわせだ。



 94フォーラムin大畑の歴史と神話の委員会に所属している。この委員会は会の中で一番地味。やっている事もすこし陰気。江戸時代のこの町の住人の村林源助という人の残した1650年から1800年頃までの年表の読み下しをしている。約50巻あるうち、2年で2巻しか進まない。この調子だと100歳で口語訳の本を出せる。
 江戸時代の外の資料とのつけ合わせなどがあり遅々として進まないが、2年を経過すると、当用漢字で育った我々に漢字の奥深さを教えてくれるが漢字の豊かさも教えてくれる。
 また、この田舎にしては全国の出来事が書かれていて情報量の多さに驚く。近代の陸上輸送が発達する前は現代のインターネットように海上ネットワークがあったのかもしれない。
 この勉強したことをもとにしたエッセーが「楽山紀談」だある。なにせよく判らないところから始まったので、間違いや考えの違いなど指摘していただきたい。
 このページは画面ではさっと進めないことは確かである。

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