2000,10,25
10.と日野皓正トリオのドラムス井上孝一と、スペシャルゲストのパーカッション、ダミオン、ゴメスのライブをマルミやという、ラーメンやの2階で、開催。

タイトルに『死のふちから蘇ったジャズピアニスト』と、あるように本田はふらふらしながら入場、声もかすれて聞き取れない。

前日の青森市会場からの移動で野辺地で人工透析をしてきて絶不調!

曲の始めはもたもたしていたが、さすがプロの演奏を聞かせてくれた。

スタンダードとボサノバのリズムで不景気な商売を忘れて、少しハッピーな気持ちになった。


本田竹広 P                           ′
1945年岩手県宮古市生まれ。12才で音楽家を目指し上京.中学から国立音楽大学に至る
まで長峰和子氏に師事、クラシック音楽家を目指す。しかし、大学時代、その即興性、自由な
リズムとハーモニーに心を揺り動かされジャズへ転向、68年に自己のトリオを結成し精力的
に活動をはじめる。
73年に渡辺貞夫カルテットに参加、一躍日本ジャズシーンのトップに踊り出る。
78年には峰厚介等とネイティブサンを結成、
「ネイティブ・サン」「サバンナ・ホット・ライン」等記録的な大ヒット作を次々と発表、
和製フユージョンの東金時代を集築く。
その後、自己のトリオやセクステッド「EASE」などで活躍するが、95年、脳内出血で倒れ闘病生
活を余儀なくされる。
しかし、98年、奇跡的な復活を遂げ、今年5月には、5年ぶりのリーダーアルバム
「ナウ・オン・ザ・ブルース」をリリース。その演奏は聞く者の魂を揺さぶる。

ダミオン・ゴメス Per      、
1944年リオデシヤネイロ生まれ。15裁からプロとして活動。以後世界各地で活躍。 78
年からはニューハード、ネイティプサン、松岡直也、小坂リサ等と共演。
大の日本通で本田竹広との付き合いは長い。世界的なパーカッショニスト。

井上功一 Ds
                
1969年山口県山口市出身。高校在学中よりドラムをはじめ、上京後日野元彦に師事、秋山
一将カルテットでプロ活動を開始する。以後、本田竹広、五十嵐一生、寺井尚子、高橋知巳、
西尾健一等と共演。昨年より日野皓正グループに参加している。
今年秋公開の映画「真夜中まで」(監督和田城、主演真田広之)に出演。

安東昇 B                            ‘
1974年生まれ。5才頃音楽教師であった母親からクラシックピアノを習う.大学ではジャ
ズ研に入部、ウッドペースを手にする。在学中よりライブハウス等に出演、卒業後プロとして
本格的に活動をはじめる。
現在、セッションプレーヤーとして若手からベテランまで幡広く共演。

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