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タイパニックGOの喜劇
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【 タイパニックGOの喜劇 】 《その十》 土井敏秀
「日本人の男の子とビーチを歩くの、絶対いや。もうガツガツしてさあ」
タイ南部の西側にあるリゾート地・ピーピー島で出会った二十六歳の日本人
女性が憤っていた。七、八人で夕食のテーブルを囲んでいた席上だった。
『おっ、トップレスだ、トップレス』。きょろきょろして、こればっか。そんで
慌ててやんの。『あっ、トップレスって英語だよな。やべえよ。トップレス見て騒
いでんの、分かっちゃったかなあ』。ばればれだっつうの。
欧米人の女性は老若を問わず、浜辺でトップレスになって肌を焼く人が多い。
老若?そうなのである。「老」もである。
「海辺の木陰に寝そべって、ゆったり本を読みながらまどろみたい」。
これを実現したい一心で旅行当初、バンコク市内の旅行会社で聞いた。
「のんびりするには、どこのビーチがいいですか」
私らを見て教えてくれたのは、タイ中央部のリゾート地・フアヒンだった。
王室のリゾート地として開かれ、優雅な雰囲気があるという。優雅、いいでは
ないか。バンコクから南へ約二百キロ、バスで三時間(一人三百三十円ほど)
のところである。距離も手ごろではないか。すぐに行った。
しかし、すぐに移動した。そうなのである。「老」である。
優雅さとは、お年寄りがゆったりとすごせる、という意味だったのね。海辺を
散策している欧米人の年齢層が高い。
七十歳を優に超したおばあちゃんが、トップレスでいたもんなあ。それも二桁
の複数で。私たち中年夫婦バッグパッカーは、旅行会社の人には、その年齢
層に映っていたってことか。なるほど。
感心している場合ではない。あんまりではないか。そうこうしているうちに、たど
り着いたのがピーピー島だった。
湖のような静かな海。砂浜に沿ってヤシの木が生い茂る。山水画に描かれて
いそうな切り立った山々が迫っている。
どことなくちぐはぐな情景に、暑い日差しが容赦なく照りつける。そして「若」だ。
群れている。目尻は下がるは、ふふふっ、と口元は緩むはと、もう手の付けよ
うがない。元々わずかしかない理性を、確実に見失っていく。右往左往状態で
ある。「ガツガツ」しているのは若い男の子だけではなかった。やばい。憤った
彼女の話を笑って聞きながらも、どうも顔が引きつっているようだ。
これじゃ、僕もばればれじゃないか。
助け船が出た。別のやはり二十六歳の日本人女性が、あちこち旅行をした
経験を元に、しみじみのたもうてくれた。「ここのトップレスは質が高いですよ」
そうか、そうか。女性も「おじさん目」になってしまう質の高さなんだ。
じっくり鑑賞していいのである。( 続く )
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その九》 土井敏秀
しかし、やはり落とし穴はあった。
連れて行かれた土産物店がなんだか、うさんくさい。店内の狭い通路で店員
がぴったりと寄り添い買うまで離れないぞ、といったやばい雰囲気なのである。
ほかにも数人の観光客がいたが、みんな戸惑い顔でうろうろしている。そそく
さと退散した。
店を出ると、かの運転手の顔が優れない。がっかりしている。よくよく聞くと
連れていった観光客が十分以上、店内にいたら、彼がガソリン何リッター分
かのチケットを店からもらえるのだという。
耳を通り過ぎた英語がそれだったのだ。その見返りがあるから、十バーツだ
ったのね。素直に謝った。彼は怒った顔で、別の土産物店に行くという。
「悪かったなあ」という気持ちがあるから従わざるを得ない。
トゥクトゥクは気まずい雰囲気で、どこか分からないバンコク市内を走る。
段々不安になってくる。「後、何軒行くつもりなんだろう」。聞けば二軒だという。
不安が怒りに変わった。
断固として「No」だ。一軒だけにした。今度はきちんと十二分いたぞ。
「みるだけ」だけど条件はクリアした。
でも、なぜか彼の表情は曇ったまま。最初の満面の笑顔が嘘のようだ。
お互いに無言で目的地に着き、約束通り十バーツだけ渡した。
「Thank you」と言っても、無言のまま去っていった。
得はしたのだろう。けど、彼の寂しい後ろ姿が心に引っかかったままだ。
元気してる? リンさん。(続く)
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その八》 土井敏秀
「もうだまされんぞ」。そんな気持ちが高ぶっていたのだろう。ある観光地の
バスターミナルに降りたとき、「No No No」ばかり言っていたら、口真似さ
れドライバーみんなの高笑いを誘ってしまった。返す返すも残念である。
バンコクでホテルを出てからのこと。ひと際、大きな声が響いた。いや、その
内容に惹かれた。三輪自動車のトゥクトゥクで、三十分ぐらいかかる距離を十
バーツ(約三十円)で行くというのである。
小太りの運転手が、それも満面の笑みを浮かべて。ただ途中お寺を見学して
土産物店に寄る、というのが条件だった。
片言の日本語で「みるだけ。みるだけ」。そうか、買わなくともいいのか。ま、な
んでもあるという土産物屋でアイスクリームぐらい買うか、と心は軽い。
さすが、三輪自動車である。細い小路をすり抜けすり抜け、走っていく。おまけ
にお寺で、記念写真を撮ってくれるは
「あなたたちのような方と知り合えてうれしい」
と持ち上げられるはで調子がいい。ほかにも英語でなんたらかんたら、と言っ
ていたが、ただ耳を通り過ぎるだけだ。思わず
「Happy、happy.You are good driver」と叫んでし
まったではないか。
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その七》 土井敏秀
ホテルを出たり、列車やバスなどを降りると、正直言って疲れてしまう。
車の客引きが待ち構えている。「どこへ行くのか」「どこそこへ行かないか」な
どと、一人を断っても次から次へと、必死に声をかけてくる。
落ち着いて考える暇を与えてくれない。一気に結論「おれの車を使え」である。
車はメータータクシー、メーターがあってもメーターを使わないタクシー(?)
三輪自動車の後部に座席を作ったり、オートバイの前にリヤカーを改造した
座席をつけたりしたトゥクトゥク、さらにはバイクタクシーと種類もさまざまだ。
メータータクシー以外は、料金は交渉制である。せっかく日本人の若者に
「タクシーはメーターのを使うんですよ」とアドバイスを受けていたのに、頭の
中は「ぼられちゃいかん。今度は幾らで攻めるか」と身構えているせいか、交
渉制のタクシーの前のドアを開け交渉してしまう。言い値の三分の二にしたつ
もりでも、結局はメーターの倍以上の料金を払っていた、なんて…。
私は本当に融通が利かない。(続く)
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その六》 土井敏秀
犬である。タイでは、犬はほとんど放し飼いにされている。北部に行くと屋敷の
中で飼われ、番犬となっているのもたまにいるが、町の中で勝手気ままに生き
ているというのが強く印象に残った。
ほっつき歩き、車道、歩道、空き地など所構わず寝そべっている。しかも、ご
ろごろと集団で、というのも南部では見受けた。食料が豊富なんだろう。野良
犬化していても、危機感がまるでない。
ある日の夕暮れ時。屋台の焼鳥屋で持ち込んだ缶ビールを飲みながら、チ
キンのモモ焼きをむさぼり食っていた。炭火でじっくりと焼き上げているから、
美味なのだ。(思い起こせば毎日、チキン、チキンと言っていたような気がす
る。一羽丸焼きで日本円にすると百八十円、なんてのもあったなあ)
そこに、のそのそと白い中型の犬が近寄ってきた。しっぽを振って、おねだり
をするわけではない。私の足下近くで、どでーんと横になった。心優しい私は、
モモ焼きの一部を分け与えた。ちょっと、離れていたせいか、見向きもしない。
さらに優しさを発揮した。口元に近づけてやった。すると、どうしたと思います?
食べることは、食べた。でも体を起こすこともしない。足一本動かさない。寝そ
べったまま、薄目を開け、仕方ねえな、という態度なのである。結局、その犬が
動かしたのは、ただ一カ所、口だけなのだ。
食べ終わってから愛想を振りまくわけがない。私たちが席を立った後も、寝そ
べったままだった。完璧に私の負けだ。
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その五》 土井敏秀
日本人が最初に覚えるタイの言葉は「マイペンライ」と「サバーイ」だという。
それぞれ「問題ない」「気持ちいい」を意味する。
最初に覚えるということは、頻繁に使われるからである。私も一応、日本人だ
からすぐ覚えた。
「最後まで、それしか覚えられなかったんでしょ」と鋭く指摘されれば、渋々うな
ずかざるを得ないが、これは別の問題なので、今回は省略させていただく。
マイペンライである。 この二つの言葉を組み合わせると、一つの像を結ぶ。
ぐーたらとなる。
「hot」と「very hot」の二つの季節しかないタイだもの、仕方ないでは
ないか。ぐーたら度で人後に落ちない私は、こんな雰囲気が大好きだ。
昼寝だ、昼寝だあい。しかし、である。あのぐーたらだけは許せない。
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その四》 土井敏秀
ホテルやゲストハウスでは、まず条件を言う。エアコンはいらない、扇風機
でいい。でもシャワーは水ではなく温水だよなあ、が条件だとすると
「Fan and hotshower.How much? 」
値段が納得いけば、部屋を見せてもらう。「Show me the room?」
気に入れば、宿帳に記入する。気に入らなければ、「Sorry」の一言だ。
無視されたり「No problem」の笑顔が返ってくることもあるが、
後は気に入った部屋が見つかるまで、同じことを繰り返せばいい。
しかし、やはり「何とかなる」は危険でもある。必死さを遠ざける。タイ語を知
らなくとも、なんとかやってこれたなあ、覚える英語の単語をそう増やさなくと
もいいか、となるから、何も覚えようとしない。たとえ覚えた気になっても、物忘
れが進行している中年にとっては、覚えている時間が長くはない。
タイ語、英語をきちんと話せる日本人に出会い助けてもらうと、心から尊敬す
る一方「何とかなる」の世界の狭さを痛感させられ、うなだれてしまうのである。
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その三》 土井敏秀
三十年以上の空白がある。頭の中は英単語が壊滅状態、ときている。
例えば、同じホテルにもう一泊したい場合
「Can I stay one mo re night?」
さえなかなか使えない。
頭の中で、最初の「Can I…」ぐらいは思いつく。
「それから、えーと。もう一泊は?そうそうone more nightか。
ん? 泊まるは確かstayだよな。
待てよ。部屋が空いているかどうか、を聞くんだからtakeか。takeだったら
one more nightはない。a roomになるんじゃないか」
それをホテルのフロント、おっと違った、レセプションというんだよ、フロントは
日本でしか使わないのかなあ。そのレセプションのタイ美人を目の前にして
考えるものだから、一層しどろもどろになってしまう。
意を決して、stayを使って話してみると、ただ一言「Full」(満室)だと。
簡単に片づけられてしまった。情けない。もうやめた、やめた、である。
そして、はたと気がつく。単語を並べればいいのだ。(続く)
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その二》 土井敏秀
「おげんきですか」「やすいよ」は頻繁に使われていた。食堂の中には、日本
語のメニューを置いている所だってある。加えて、身振り手振りが「何とかなる」
を補強する。とても助かった。
食堂に入って、大皿に盛られた料理、あるいは、大変、失礼ながらほかの人
が食べている料理を指さして注文できた。後は「How much?」だけである。
これでいい。ニコッと応対してくれる。でも「これでいい」と思うまでには少々時
間がかかった。タイ語は難しいので、最初っからあきらめている。日本語が通
じないとなれば、わずかな英語だけが頼りだ。
最初は、文法通りの英語を使わなければいけない、と変に固い頭になって
いる。文章として「正しい」英語である。きちんと文章を組み立ててからじゃな
いと話してはいけない、と決め込んでしまっているのだ。これは三十年以上前
に英語を習った、中年の特性ではないかと思うのだが……。
【 タイパニックGOの喜劇 】 《その一》 土井敏秀
2000年の冬、私たち中年夫婦はタイへ二カ月のバックパッカー旅行に出た。
五十歳になる夫は、初めて異国の地を踏む。異国という古めかしい表現にふ
さわしく、緊張に凝り固まって、大阪の関西国際空港のイミグレーションでは、
右手と右足を同時に動かしているほどだった。四十六歳の妻が
「暖かいところですごせるだけでいい」とお気楽なのに。 よってこれは、おじさ
んが初めて外国に行くとどうなるのか|の報告である。
日本の約一・三六倍の面積のタイを駆けめぐった体験である。
タイに着いてから、二人にとって心の支えは「何とかなる」と思い込むことしか
ない。ホテルなどではこちらの片言の英語が伝わるし、大きな街や観光地なら
日本語も飛び交う。土産屋の主人に「アサハラショウコウに似てるね」と声をか
けられたことすらあった。
しかし、何なんだ、あの親父は。失礼な。「ミカワケンイチが好きだ」というの
で「さそり座の女」を歌って驚かせてやったわい。 (期待持たせて次号に続く)
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