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悲恋地蔵
その昔、北海道松前から杣夫として出稼ぎに来ていた弥七という若者がいました。ウグイ滝沢で材木の切り出し作業の組で働いていました。沢の近くに飯場があり、組の炊事女として、小目名から「女(め)らしこ」が来て、食事や身の回りの世話をしており、そのうち二人が恋仲になったのは自然の成り行きでした。
杣夫の組頭が中に入り、「めらしこ」の両親に二人を夫婦にしてくれるように頼みましたが、両親は他国者には娘はやれぬと聞き入れてはくれませんでした。
やがて仕事も終わりに近づき、弥七の北海道に帰る日が近づくにつれ、二人の思いは募るばかりでした。
この世で一緒になれぬなら、せめてあの世で夫婦になろうと、この世の別れに三角地点で宴を張り、二人は帯で体を結び、釜の滝の滝壺に身を投げ、果てたといわれます。
部落外の嫁入りを嫌った時代だったので、頑として聞き入れなかった両親でしたが、二人の恋に胸を打たれ、地蔵尊を建立し、二人の霊を弔ったと言います。
古畑旅館の先祖が両親から依頼されて、代々地蔵尊のお堂を修理し、祀ってきたと言います。(大隅さん調べ)
この地蔵は恐山と薬研と大畑町への三叉路の所にあります。薬研に向かうと「釜の滝」があります。薬研に来たら見てね。
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左:悲恋地蔵 上:釜の滝 |
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