サステイナブルな地域づくりとコミュニティへの指針 −
大畑原則を中心として−
 選別され、選択されるコミュニティの時代に入ったと云うけれど、それではどんな地域づくりがあり得るのだろうか!?それは少なくとも外客意識型コミュニティではあり得ない。それはむしろ地域の暮らしのストックをより穣に蓄えていく仕掛けを秘そめたコミュニティ、暮らしのサステイナビリティを実現するコミュニティに他ならない。
 1997年8月、下北半島の大畑町からサステイナブルな地域づくりとコミュニティの指針 『大畑原則 V1.7』が発表された。この原則は、風土に根ざした暮らしのあり方をしっかりと評価しながら、コミュニティとリージョン(地域)のあるべき姿を提案したものである。考えられうる最悪のシナリオ(飢餓)から説きおこされるこの原則は、その大原則に『「命を殖やす」−人間の活動を自然のストック資源を蓄積する方向に変えていくこと・・・枠を超えたコミュニティの創造を目指して』とあるように、今までの公共投資のあり方を見直し、生き残る資源としてのストックを阻害するどんな公共投資もあり得ないと云うところから出発する。それと同時に人間だけのコミュニティという色合いが濃かったコミュニティ論から、生態学的なコミュニティ論への転換を掲げている。
 その内容は多岐にわたるけれど、ここではその軸になる『林系』について紹介したい。 [美しくて小さなサステイナブル・コミュニティ]を目指すこの原則には、藻場・海中林から奥山・神々の森に至る林系の立ち上げが提案されている。すなわち藻場・海中林−海岸林・砂防魚付き林−屋敷林・防火林−並木・緑の防災回廊−鎮守の森・寺院の森−公園の森・避難空間の森−河畔林・影の森珪藻・らん藻の森−雑木林・トトロの森−里山・暮らしの森−奥山・神々の森に至る林系を立ち上げることで、柔構造で、豊かな自然資源に支えられた緑に沈むマチを造りあげようとするものである。それは多様な生物相を甦らせながら自然自体がもつ防災機能を高めていく都市のあり方への提案である。海中生物のゆりかごである藻場・海中林や自然の濾過装置である砂浜を復元することで豊かな沿岸漁場を再生し、海岸林・砂防魚付き林で海岸線を被うことで、海岸プロムナードの景観を確保すると同時に、かつて大挙して押し寄せたイワシの海を甦らせ、イカやマグロが寄りつく岸辺をつくりあげる。また鬱蒼と生い茂る屋敷林は秘密を守る緑の死角となり、火災のさいに類焼を防ぐ自然の防火区画ともなる。並木は阪神淡路大震災のときその効果を見せつけたように、いざというとき避難路を確保する緑の防災回廊。鎮守の森・寺院の森はマチのなかの異界と出会う聖なる森。公園は安らぎの森であるとともに避難空間として、そして河畔林は、その影のなかに生き物を包み込み、川のなかに珪藻・らん藻の森を甦らせる河川環境を復元することで、鮎やその他の小動物の自然な再生を促していく。また狐やタヌキのいる雑木林を適切に配置することで、人と獣とのかつてあった豊かな物語り空間を回復し、里山においては山の暮らしの作法をもう一度回復することで、生き物としての人間と森との関係をふたたび見いだしていく環境教育の場にもなるだろう。そして鬱蒼たる樹海をなす奥山の再生によって、水系を守り、輪伐サイクルを回復して暮らしのサステイナビリティーを確かなものにしていくというこの緑の戦略は、マチそのものを巨大な魚付き林として、自然を活用した緑の防災空間として、そして何よりも自然に根ざす確かな暮らしのありようを再定位しようとする試みとなっている。
 そこには樹を植えるという行為によって、遙かな象徴としてのコミュニティの創生に参画していくという、静かで確実なマチづくりの戦略がある。それが新世紀のノマド(遊動民)たちとのネットワークで結ばれるとき、皮相の議論でしかない過疎論を越えて、新たに胎動するコミュニティの幻像が浮かび上がってくる。そのとき私たちは、マチこそ最高の観光資源、マチづくりこそ最大のラーニング・ホリデーであったことに気づくはずである。